プロフィール

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ごきげんさんです!

大阪生まれの大阪育ち、せやからどこまでも上方の喜劇にこだわりたい曽我廼家寛太郎(曾我廼家寛太郎/そがのや かんたろう)です。

大阪芸術大学を卒業するなり松竹新喜劇の面接を受け、1981年(昭和56年)5月に入団。
初舞台は同年6月京都の南座でした。


初舞台・・・「人生双六」(主演はもちろん故 藤山寛美)
始めての役・・・作業員その八(その九は居ません)

それから一筋、今では劇団以外の公演にも出演する機会も増えました。
役どころで多いのは「人の良い大阪の兄ちゃん」
劇中では笑いの部分を受け持つことが多いので、時代の笑いにも乗り遅れないようにせなあかんのです。(これがなかなか難しい!)

新喜劇の芝居、曽我廼家喜劇の芝居には良いものがほんま(本当)にぎょうさん(たくさん)あります。
もっともっと皆さんに見ていただきたい!
流行りの「笑い」ではなく「笑えて、泣ける」喜劇の王道を歩いていきたい・・・かように思っとります。

どうか皆様、この後とも宜しくお引き立ての程、
御願い申し上げ奉ります!


log - osaka web magazine インタビュー記事(2004年)

松竹新喜劇

松竹新喜劇といえば二代目・渋谷天外と藤山寛美という時代がありました。

今でも関西の方なら「毎週テレビみてた」と100人中96人(根拠のないデーターですが....)くらいは覚えてるでしょう。学校から帰ると、テレビで2本の舞台中継が待っていました。

「吉本新喜劇」と「松竹新喜劇」!そして、「吉本新喜劇」で笑いのセンスを磨き、「松竹新喜劇」でドッと笑わせて最後にグッと泣かせる技に触れ、関西人の「ボケと突っ込み」、他の日本人では表現できない独特の笑いの世界を体得していったわけです。

つまり、笑いの英才教育!で、現在はギャグと漫才の吉本に時代は味方をしています。でも、こんな時代に人情ばなしも胸にしみるものですよ....
笑いながら泣く体験、近頃していないと思いませんか?古臭いと思っている方!それもそうです。
でも逆にコテコテの人情話に今、目をつけている皆さん!
それは誰よりも新しいのかも知れませんよ!



新生松竹新喜劇

藤山寛美さんが亡くなられた後に新しい体制でスタートしたのですが、その頃リーダーになった三代目・渋谷天外さんと共に劇団の中心になってきた酒井光子さん、小島慶四郎さん、高田次郎さんはもちろん現在も天外さんと共に活躍してらっしゃいます。
松竹新喜劇の熱かった時代を築いた役者へのお客様からの信頼度は高く、登場するだけで、客席からは拍手!やっぱり大きな存在です!

そして、1998年には劇団創立50周年を迎え、
大阪喜劇の灯を消さぬよう頑張っているのが新生松竹新喜劇なのです。